7.日本型苦情処理制度の検討

 

 

 

 

 

 調査を基に「議会による行政監視機能の強化のため、苦情処理制度を導入するとしたら、どのようなことを考えなければならないか」という点をまとめてみたいと思う。

 

 

 

 

(1)何を「苦情」とするか、それをどう扱うか。

 

 

 英国では1967年の議会オンブズマン法第5条により、苦情は、申立人が「不適正行政」により具体的な不利益を受けたことに起因するものでなければならないと解され、一般的な苦情、不満は調査対象とならない。

 

 一方、ドイツの請願委員会では、「苦情」という名称で政策請願的なものも扱っている。

 

()  英国の場合、受理事案の約半数は、調査の対象とならないが、対象となったものについては、詳細な調査が行われ、充分な救済につながる可能性が高い。

 

() 請願委員会と並存する形にし、連携をとる(EU)、あるいは、政策請願と苦情請願を両方受け付けるようにする(ドイツ型)

→国民にしてみれば、困ったことがあった場合、どちらかに持って行けば、適当な方に回してもらえるので、「苦情」の要件で悩む必要は少なくなる。

 

 

 

 英国の事例につき、オンブズマンの判断と、救済を次に掲げる。

 

 <例1>(弁護士破産事案)

 

(事案)人種平等委員会は、ある弁護士事務所に、人種差別の雇用者への訴えについて、申立人を手伝うよう指示した。しかし、弁護士は、成果をあげる前に破産してしまった。申立人はそのために、不利益を被った。

 

(オンブズマンの判断)人種平等委員会は適切に弁護士の行動を監視しなかった。

 

(救済)人種平等委員会から3OOポンド(約6万円)の任意の支払いが、申立人の旅費と被った迷惑に対してなされた。

 

○勧告の実効性を高める制度-「任意の支払い」

 

 英国での苦情処理の救済の基本的な形は、省庁からの謝罪等である。しかし、英国においては、強制力のないオンブズマンの勧告の実効性を高めるものとして、各省庁の予算に、一定の、苦情の救済のための補償に使えるお金が計上されている。オンブズマンから金銭的救済を求められたような時には、大蔵省との協議に基づき、一定の金額内なら、各省庁が「任意に」補償の支払いを行うことができる。大蔵省のガイドライン、各省庁の内部規定等が整備されている。

 

 他のものとしては、地方自治体が勧告に従わなかった時の、地方オンブズマンによる「新聞掲載をさせる権限」 がある。これは、事案の概要と、勧告と自治体の主張を、地元の地方新聞に一面の半分ほどの広告として載せさせる権限である。勧告自体を強制するものではないが、自治体は、この広告を避けようとして、最大限、勧告を尊重する。

 

 

 

 <例2>(手当の申込みのタイミングと受給資格のギャップ)

 

①S夫人は、社会保険省の役人と相談して、パートタイム労働の時間を増やし、所得保障の代わりに家族手当を求めることにした。その方が、有利だと聞いたからだ。その役人の助けのもと、彼女は、所得保障を止めるための必要な手続きを適切に完了した。彼女は、働く時間を増やした最初の週を終了してから、家族手当の要求書を提出した。

 

 S夫人は、家族手当帳を受け取った時、申込みのタイミングが原因で、最後の所得保障支払いと家族手当の資格の開始に1週間のギャップがあることに気がついた。彼女は申込みのタイミングについての説明を受けていなかったが、手続きを誤解させられていたと苦情を申し立て、家族手当局と所得保障局の間を行ったり来たりしたが、解決のために何もなされなかった。

 

②役人が持つべきファイルに、家族手当の効力の発する日にちについて記載してあれば、問題は生じなかった。この役人は、S夫人が誤った方向に向けられていたという苦情を是認しなかった。社会保険給付庁が、問題を解決しようというS夫人の努力への対応で粗雑に扱った。

 

③S夫人の要求は再検討され、家族手当の資格が1週間遡って認められた。

 

 社会保険給付庁長官は、S夫人が受けた不充分なサービスについて適切に謝罪した。

 

○行政監視(改善)機能

 

 この事案の結果として、(a)地方事務所と家族手当部局の間の連絡が改善され、(b)苦情の申し出があった場合、直接に関わった者ではなくても、全ての職員が問題の解決の責任を有することを保証するようにされ、(c)職員は、全ての電話の記録の必要性を忘れないようにさせられた。

 

 このように、個人に関する苦情の処理が、質の高い調査により、行政の改善につながる機能がある。また、事案の審査を通し、議会の委員会は、行政の問題点の抽出と、改善の提言を行い得る。

 

 

 

 <例3>(英仏海峡トンネルに連結する鉄道建設計画補償)

 

①英仏海峡トンネルに連結する鉄道建設計画が、複数のルートの発表の後に、財源問題でストップしてしまった。苦情申立人の老夫婦は、病弱で、家を売って介護施設に移るつもりであったが、計画ルートの一つが、その地域を通るものだったため、土地家屋の価格が急落し、家を売ろうにも売れなくなってしまった。鉄道は結局別の地域を通ったため、鉄道建設による補償を受けることもできなかった。

 

②建設財源の都合ができないのに、計画を持ち続けていた間における政策の影響についての考慮における省庁の誤りがあった。既存の補償枠組み以外の補償が検討されるべきであった。

 

③特別に苦しんでいる人の場合について、任意の支払いによる救済がなされるべきである。

 

 

 →○「行政」と「政策」

 

 この事案については、運輸省が、救済が補償「政策」に反するとして、オンブズマンの勧告を拒否した(議会オンブズマンの30年の歴史で3件目)。

 

 特別委員会は、この事案を審査し、「政策の影響の考慮」は、「政策」ではなく、行政の責任で行うべきものとして、オンブズマンの主張を支持した。運輸省は、「不適正行政」であるという自らの非を認めなかったが、「議会とオンブズマンに対する尊敬」から、救済を行うこととした。

 

 何がオンブズマンが扱う「行政」であり、何が扱わない「政治(政策)」なのか。「オンブズマンがそうと思ったことが「(不適正)行政」である。」との声が、関係者から聞かれるほど、用語の厳格な定義付け を行わず、一定の柔軟性を保つ努力がなされている。

 

⇒「苦情」の要件をどうするか、救済の実効性確保の制度の整備等の検討が必要である。

 

 

 

 

(2)苦情処理の組織

 

 苦情処理の担い手は英国のオンブズマンのようなものに限られない。ただ、オンブズマンの場合、「署名性」というものがある。それは、第1に、国民が「不都合があったら、あの人のところへ持って行けば良い」という気にさせる、苦情処理制度の広告塔的な存在になりうるということ、第2に、改革意欲の強い人がオンブズマンになり、職務改善等に着手したり新規事案の場合に、リーダーシップを発揮しやすいということがある。

 

 しかし第1の点については、苦情処理を行う機関の長が、たとえ委員会の委員長であっても、その人が積極的に広報活動等にも従事すれば、確保され得る。第2の点は、逆にオンブズマンに誰がなるかにより、活動の方向性が左右されやすいという言い方もできる。合意形成を重視する委員会型の方が、日本ではより有効に機能することも考えられる。

 

 

 

 英国でのオンブズマンの問題点指摘の重点は、認知、利用の拡大から、処理時間の短縮に移って来ている。日本でも、英国と同様な内容、量の苦情が出てくる可能性は充分ある。その場合、調査をどの程度のスタッフで、どの程度の詳細に行うかは問題である。

 

 英国議会オンブズマンのスタッフは、約120人の規模と言うことができる。スタッフのほとんどが各省庁からの出向者である。3~5年の在職で異動していく。

 

 人口が英国の2倍の日本では、オンブズマン事務局を新たに作るとなると、英国の例からして最低100

 

200人規模の人員が必要と考えられる。問題は、このような規模の機関を日本でどのように、どの位の年月で作ることができるかということである。

 

 請願方式で苦情を扱う場合は、ドイツの例もあり、人員増を得て、議会事務局スタッフの活用で対応することになるのではないかと考える。

 

 

 

 

(3)議会の対応

 

 

 英国の議会オンブズマンの勧告に実効性を持たせる最大の後ろ盾が、議会の特別委員会の活動である。特別委員会の活動としては、オンブズマンの事案の審査、幅広く苦情処理問題に関することを議論するテーマによる調査の2種類がある。委員会活動の行政に対する影響力を示すものとして、次の例を掲げる。

委員会での苦情事案の審査

→行政の問題点の抽出

→委員会での「不適正行政と救済について」の調査(一般調査)

→「不適正行政と救済について」の委員会報告書

→報告書に対し、ランカスター公領長(日本の総務庁長官に該当)から、政府の対応についての声明を得る(文書による回答メモ1995年3月9日)

→公領長メモに基づき、大蔵省が、「不適正行政と憲章基準」という指導要綱(ガイダンス)を改訂する(1996年3月28)

→大蔵省の「不適正行政と憲章基準」により、各省庁が、内部ガイドラインを改訂あるいは作成する。

 

 

   苦情処理の実効性確保の後ろ盾、行政改善への橋渡し役としての議会の受け皿の構築は不可欠である。

 

 

 

 

(4)日本の苦情処理制度の行方

 

 

 平成9年4月4日、参議院行財政機構及び行政監察に関する調査会は、自由討議を行った。その結果、オンブズマン的機能を備えた行政監視のための第二種常任委員会を参議院に設置する案をまとめることで、委員の「足並みがそろってきた」(朝日新聞4月5日)。案には、「苦情を内容とする請願を審査する」とある。

 

 

 私の調査は、こうした調査会の方向性がより明確に示される直前に行われたものである。本調査会を担当する職員として、その意思決定に関するコメントは、今後注意する必要があると考える。しかし、事例を中心とし、職員の実際の職務執行に重点を置いた私の調査は、苦情処理の枠組みが調査会の意思決定の結果として確立した後においても、活用してもらえる部分があるのではないかと考える。

 

 

 英国議会特別委員会担当官のユゼフ・アザート氏は、「苦情処理制度が設立されたのは、まさに人々が、適正行政と市民の公正な取扱いという概念が、実際、法が扱ういかなるものより、幅広いもので、柔軟性があり、より込み入ったもので、より形式的でなく、事案に特有なものだと気づいたからだ。」と語ってくれた。時代の変化に応じた柔軟で適正な行政のあり方を求める手法として、議会による苦情処理の導入は、民主主義の新たな展開をもたらす可能性を充分有していると考える。

 

 

 (平成9年(1997)4月  宮﨑一徳)