○法律案の提出までの過程における議員立法と閣法の内容面への影響

 

 

 

 閣法も議員立法も成立すればどちらも「法律」となり、違いはないはずなんですが、実は、法律案の提出までの過程が、閣法と議員立法の内容面へも影響を与える場合があるのではないかと考えます。

 

 

<精緻さ・効果(実態的傾向)>

 

 まずは、閣法における官庁の関わりということがあるかと思います。解決すべき問題を担当する官庁の担当課は、既存の行政機構や行政施策を熟知するのでしょうから、既存の手法がある程度有効ということが前提ですが、対策である法律案の内容は、より精緻に効果的なものとなっていくことが考えられます。

 

ただ議員立法でも、特定の問題については、その被害者等、当事者の関わりによって、あるいは、官庁の協力を得ることで、内容がより精緻で効果的なものとなることもあるかと思います。そういう意味では制度による制約というより、実態的傾向というものではないかと考えます。

 

 

<制度による制約>

 

 次の2つの点が重要であると考えます。

 

 

①内閣法第11条等

 

内閣法第11条について、ここでは、ベースとなる法律があれば、特定の政策を政令により内閣は実現し得るという点に注目したいと思います。

 

閣法の提出には、内閣法制局の審査の過程が存在します。政令という手段がある中で法律による問題解決を図るのであれば、内閣法制局はその必要性を厳格に審査することになりましょう。

 

議員立法の担い手である議員は、政府への働きかけということはあり得ますが、直接には政令による政策実現という手段をとることはできません。そういう議員が担う議員立法の守備範囲は、閣法と比べて広くなると考えるのが自然ではないでしょうか。議員法制局の大島の論に、「法律事項」という言葉がないのも、政令を意識しなくて良いのが、影響していると言えるのではないでしょうか。

 

組織を作るという点についても、例えば内閣官房の組織は、政令ではありませんが、類似の手続である閣議決定や閣議口頭了解、あるいは官房長官決定等で作ることができます。そうした組織を議員立法で作るのは、内閣ではないので理由は立つと思いますが、閣法で作るには、あえてそうする理由が求められましょう[1]

 

 

②国会法第56条

 

議員立法に関しては、国会法第56条に提出要件が定められています。

 

ここで、予算を伴う法律案を提出することはできないが、予算を伴わない法律案は提出できる議員の勢力が、議員立法という形で政策実現を目指すとすると、その議員立法の内容は自ずと提出要件に抵触しない形のものとなります。閣法にはない制度的制約と言えましょう。

 

事例を見てみましょう。平成25年法律第111号となった第185回国会の「がん登録等の推進に関する法律案」(参第11号)(尾辻秀久君外7名提出)の経費は、平年度約23億2千万円の見込みとされました[2] 。一方、後に平成26年法律第17号となった「雨水の利用の推進に関する法律案」は、(実に4度廃案となっている特異なもので、その点は別に述べますが、)第177回国会に参第6号として加藤修一君外2名から提出された時は、当時野党であった公明党一会派のみの議員によるものでした。公明党の人数は、第177回国会の参議院では19人で、21人に足りず、単独では、提出法案は、予算を伴わない法律案とせざるを得ませんでした。参議院では、国会法第56条により、予算を伴う法律案を発議するには議員20人以上の賛成を、予算を伴わない法律案を発議するには議員10人以上の賛成を要するとしているからです。

 

賛成者の外に発議者が最低1人はいるので、予算を伴う法律案は最低でも21人以上、予算を伴わない法律案は最低でも11人以上の議員が必要なのです[3]

 

もちろん、他の会派に呼び掛けて共同提出することはあり得ます。その方が成立への可能性も高まります。しかし、合意形成には時間がかかります。まずは会派単独で法律案を作成し、その後の国会における様々な過程で賛同者を増やし、成立を目指すことも一つの選択肢です。

 

実際、「雨水の利用の推進に関する法律案」も、第180回国会に与野党の指示を得、全会派が賛成する国土交通委員長提出の法律案となっています。

 

予算を伴う法律案と伴わない法律案で、規定に具体的にどのような違いが生じるのでしょうか。

 

「がん登録等の推進に関する法律案」では、同法第40条第2項のように、「国は、病院等における届出に必要な体制の整備を図るため、必要な財政上の措置その他の措置を講ずるものとする。」となっているのみで、「必要な財政上の措置」等が具体化していなく、それだけでは法律案が予算を伴うものとはされない規定も存在しますが、第5条のように、厚生労働大臣は、「(略)データベースを整備しなければならない。」とされる等、全国がん登録の実施、全国がん登録情報等の利用、提供、保護、院内がん登録等の推進に国の経費が発生する規定が存在します。

 

一方、「雨水の利用の推進に関する法律案」の第6条は、「政府は、雨水の利用の推進に関する施策を実施するために必要な法制上又は財政上の措置その他の措置を講じなければならない。」というもので、他の規定も含めて、それだけで予算を伴う法律案とされるものは存在しません。

 

予算を伴わない法律案しか提出できない議員は、具体的に国の経費を伴う施策を政府に行わせたい場合でも、法律案に書くことができないので、代わりに、こうした「必要な財政上の措置」等の文言を入れることになります。そして成立の暁には、具体的に経費を伴う施策を政府に「計画」等を立てさせて、行わせようとするものです。これらは、まさに議員立法の提出要件という制度が議員立法の内容に影響を与えているものと言うことができましょう。

 

こうしたことが、別に触れる「基本法類」と言うものの展開に、議員立法がつながりやすい要因の一つとなっていると考えます。

 

 

以上の①、②をまとめると、内閣は政令による問題解決の手法を有するということから、閣法の内容は影響を受け、法律の担う範囲の拡大は限定的となると考えられる一方、議員立法は、そうした政令のしばりはなく、また、予算を伴わない法律案という提出要件からもたらされる制度から、「必要な財政上の措置」等の規定に親近感があり、「基本法類」というような、国の新しい施策の方向を位置づけ、細かいところは政府に委ねるという立法に繋がりやすいということが言えるのではないでしょうか。

 

 

なお、法規による制約ではありませんが、衆議院においては、議員立法を提出する場合、会派の機関の承認印がなければ、事務局の議案課は、その議員立法の受理を行わないということが「確立された先例」とされます[4]。議員の立法活動に対する不当な事前制約として訴訟が起こされたこともあります。参議院ではそのような会派と事務局の合意がないので、例えば、超党派の取組みで、会派内での正面からの了承は困難でも、提出は当面黙認というようなレベルのものは、参法の方が出しやすいかもしれません。

 

「党議拘束はしない。」と会派の機関決定があれば、提出が承認され決裁印が押され、衆法として受理され、提出されることもあります。

会派内調整のやり方次第かもしれませんが、参法での提出が困難な場合も含め、こうしたことも、より会派内合意をしやすくするよう、内容を変えていく契機になるかもしれません。

 



[1] 「まち・ひと・しごと創生法案」(第187回国会閣法第1号)審査における石破大臣答弁参照。

[2] 自民、公明、共産、維新、社民の5会派の共同提案。平成25年(2013年)12月3日の参議院厚生労働委員会では、この法律案の外に予算を伴う参法である「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自律の支援に関する法律の一部を改正する法律案」(参第9号)(高階恵美子君外4名提出)も可決されたが、その経費は、初年度約1億円の見込みで、自民、公明、みんな、共産、社民の5会派の共同提案であった。

[3] 2013年10月26日のしんぶん赤旗で、「共産党が消費税増税中止法案、各党に共同提案よびかけ」という記事で、「日本共産党は参院選で11議席(非改選含む)へと躍進し、議案提出権を確保。参院ではブラック企業規制法案を提出しました。他方、消費税増税中止法案は予算を伴う法案であるため、単独提出はできません。」としている。11人いれば、一つの会派で予算を伴わない法律案の発議はできる。なお、法律の施行に伴い歳入減となるものも、予算を伴う法律案ということになる。

[4] 茅野千江子「議員立法序説」『レファレンス 平成27年9月号』国立国会図書館調査及び立法考査局、14頁。この後の訴訟についても掲げている。