◎法令における漢字の読み

 

 

 

<「雨水」の読み方>

 

「雨水の利用の推進に関する法律」(平成26年法第17号)は、議員立法で3回廃案になるも成立したもので、その立法過程も特徴的ですが、ここでは、この読み方に注目してみましょう。この法案、なんと読むのでしょうか。

 

 最初に、この法律のもとになった法案は、第177回国会において参第6号として提出され、委員会に付託されずに未了となりましたが、参議院議員に配布されている参議院の議案課が作成している「議案審議表」の法律案索引(五十音順)では「あの部」に掲げられています。ということは、「雨水」は「うすい」ではなく、「あまみず」と読むのが正解だということでしょうか。

 

 

 

法令における漢字の使用は、内閣法制局の「法令における漢字使用等について」によっています。議院法制局でも、基本的にこれに従っています。

 

平成221130日付け内閣告示第2号をもって「常用漢字表」が告示され、同日付け内閣訓令第1号「公用文における漢字使用等について」が定められましたが、法令における漢字使用は、同日付けで内閣法制局が決定した「法令における漢字使用等について」で、特別の定めをするもののほか、「常用漢字表」(略)の本表及び付表(略)並びに「公用文における漢字使用等について」(略)の別紙の1「漢字使用について」の(2)によるもの」とされています。(「漢字使用について」の(2)は、「常用漢字表」の本表に掲げる音訓によって語を書き表すに当たって留意する事項。)

 

 

 

「法令における漢字使用等について」で、特別の定めをするものとしては、例えば、「(4)常用漢字表にあるものであっても、仮名で表記するものとする。」として、次のようなものがあります。

 

虞・恐れ→おそれ 且つ→かつ 従って→したがって 但し→ただし 但書→ただし書 

 

外・他→ほか 又→また(ただし、「または」は「又は」と表記する。) 因る→よる

 

 

 

また、「(5)常用漢字表にない漢字で表記する言葉(略)の使用については、次によるものとする。ア 専門用語等であって、他に言い換える言葉がなく、しかも仮名で表記すると理解することが困難であると認められるようなものについては、その漢字をそのまま用いてこれに振り仮名を付ける。」というものもあります。

 

 暗(きょ)(あん)分、()瑕疵(かし)、管(きょ)(かん)養、強(かん)()素、()

 

 

 

特別の定めをするものは、ほかにもいろいろありますが、そこに、あるいは「公用文における漢字の使用等について」に特に示されていないものは、「常用漢字表」によることになります。

 

 

 

「雨水」について見てみると、国土交通省の「日本の水資源」という白書には、「雨水利用」に「うすいりよう」というルビが付けられ、用語の解説が掲載されています。かつて国土交通省が監修していた建設用語辞典とか国土用語辞典といったものにおいても「雨水」は「うすい」として掲載されていることが確認されます。このように、法律を立案したり執行したりする行政においては、「雨水」は「うすい」と読むのが一般的であったと言えるのではないかと思います。

 

 

 

一方、岩波書店の「広辞苑」で「うすい」を引くと「①あまみず」とあります。「雨水」を「あまみず」と読むことが往々にしてあるということも事実です。

 

 

 

前述の「法令における漢字使用等について」ですが、「雨水」については、特別の定めはないので、常用漢字表によります。「雨」は「ウ、あめ、あま」と「水」は「スイ、みず」とあります。従って、「あまみず」と読むことは可能ということになります。

 

 

 

行政の例もあり、発議者に特段の意向がなければ、「雨水」は「うすい」と読まれると考えるのが普通でしょう。しかし発議者がわざわざ「あまみず」と読みたいと言うことであれば、そう読むことも可能な状況であるということです。

 

 

 

法律における漢字の使用は、常用漢字表などの読みに基づき行っていても、法律の中で、振り仮名(ルビ)をつけるなどして、読み方を特に定めていない限り、読み方について法的拘束力を持つことはありません。法案の「雨水」にはルビがつけられていません。

 

 

 

実際、発議者は、どちらでも読めるのであれば是非「あまみず」と読みたいという意思表示を議案課に対してしました。これは、雨水利用を推進する団体(特定非営利活動団体雨水市民の会)や学者等が、雨水を「天(あま)」の恵みの水として活用すべきというような発想や、「ウスイ」という音が中国語で汚水を意味することなどから、積極的に「あまみず」と読んでいることなどを受けて、判断されたものと思われます。こうした経緯で、この「雨水」法案は、「あの部」に掲げられたのであります。

 

 

 

<「うすい」と同じ意味の「あまみず」を「雨水」と書いた>

 

 ところで、前述の内閣法制局の決定は、「法令における漢字使用等について」でしたよね。「漢字使用」ということでは、「あまみず」と言う概念に「雨水」という漢字を用いたという言い方の方が正しいのかもしれません。

 

「あまみず」という概念と「うすい」という概念は、発議者にとっても違うものとは考えられていません。国土交通省が白書で「うすい」と振り仮名を付けているものと、発議者が「あまみず」と呼ぶものが同じというのが発議者の考えです。そうだからこそ、「あまみず」とも読めるのであれば「あまみず」と読みたいという意向になると考えます。

 

 

 

では、この法案の「雨水」を「あまみず」と読むことの効力は実際どこまで及ぶのでしょうか。発議者や議案課は「あまみず」と読むでしょう。発議者の意向を知っている人も「あまみず」と読む可能性が高いと思います。ここで、もし、委員長や議長が「うすい」と読んで議事を進行した場合、手続きに瑕疵があると言えるのでしょうか?法律上「雨水」にはルビはつけられていません。「議案審議表」が法令に基づいて作られているのなら、そしてその五十音順索引への掲載に何らかの法的効力があるならともかく、そうしたものはありませんので、これを「うすい」と読んで審議しても、手続きに瑕疵があるとは言えないと考えます。一般国民が「雨水」を「うすい」と読んでも問題ありません。

 

 

 

もっとも参議院議長なりが、議案審議表の索引どおりに読みましょうと確認し、与野党が合意したりした場合、参議院においては事実上「あまみず」と読まれることになります。更に衆議院においてもそうした意向が示され、政府に対しても、読み方についてまで国会から要請があれば、行政もこの法案の「雨水」の読み方や一般的な「雨水」の読み方を「あまみず」とすることもあるかもしれません。国民に対してもこれからは「あまみず」と読みましょうとキャンペーンがなされ、それが定着し、常用漢字表の改訂まで至れば、・・・事実上そうしたことの積み重ねは、実現の可能性自体問題ですし、うまくいってもずいぶん時間がかかるものだと思います。

 

 

 

<なぞの「回力球」法案>

 

法案の読み方に関連して、「雨水」とは別次元のものですが、ちょっと変わったものがあるので、ここに紹介します。それは、昭和27年の第15回国会衆議院議員提出法律案第32号です。

 

「回力球競技法案」。

 

 普通に読めば、「かいりききゅう」競技法案ですよね。しかし、昭和36年3月に衆議院・参議院が編集した「議会制度七十年史 国会議案件名録」の法律案索引には、「はの部」に掲げられています。その直前にあるのが第10回国会衆第70号の「ハイアライ競技法案」。ひょっとすると、「回力球」は「はいあらい」と読むのだろうかとまず思うのは自然でしょう。

 

 「デジタル大辞泉」でハイアライを検索すると、「ハイ-アライ【スペイン jai alai】スペインの球技。敵味方の選手が、手にはめたラケットで硬球を壁に交互に打ちつけて得点を争うもの。17世紀にバスク地方で始まり、フランス・イタリア・メキシコなどでも行われている。回力球。」と出て、やはり「回力球」は「ハイアライ」であることがわかります。インターネットで更に検索するとマカオの観光案内の関係ホームページに、「カジノハイアライ(回力娯樂場)ハイアライはフェリー降り場からすぐ。歩いて行ける場所にある大型カジノだ。マカオ到着後数分で乗り込めるお気軽カジノ。その雰囲気もまたお気軽で、まさにローカルカジノといった調子である。もともと、ここは「ハイアライ」というスポーツの競技場であったのだが、ハイアライ競技をやめてしまったので、カジノを建てたという所以がある。(ちなみに、ハイアライもギャンブルであった。)」とあります。ここでも「回力球」は「ハイアライ」の漢字表記であることがわかります。

 

ただ、テニスを「庭球」と書いたり、バレーボールを「排球」と表記しても、読みは「ていきゅう」であり、「はいきゅう」ですよね。今の常用漢字表で「回」には「はい」という読みはありません。ですから、前述の基準からは「雨水」は「うすい」とも「あまみず」とも読めますが、「回力球」は「かいりききゅう」とは読めても「はいあらい」とは読めないということになります。当時、どういう基準で「回力球競技法案」を索引の「はの部」に掲げたのかは不明です。ただ、「この索引は、第1回国会から第35回国会までの法律案を、新かなづかい五十音順に配列したものである。」との説明の次に「同種件名の法律案は国会ごとに一つのグループにまとめた。」とあるので、ひょっとしたら、この後段の基準で「かいりききゅう」と読んでいても「はの部」に掲げたのかもしれません。(そうすると「国会ごとに」というところの意味が不明ですが。)

 

事実上、当時の国会で皆が実際に「回力球法案」を「ハイアライ法案」と読んでいて、それゆえに「はの部」に掲げたのかもしれませんが、今となっては確認できません。