⑤水循環基本法

 

 

 

水循環基本法(平成26年法律第16号)(第186回国会参第3号 水循環基本法案(国土交通委員長))

 

 

 

問題の流れ

政策の流れ

政治の流れ

○問題の認識

▷渇水、洪水、水質汚濁、生態系への影響等さまざまな問題が顕著と[1]

▷持続可能な上下水道事業に対する労働組合の問題意識。

水制度の縦割りによる欠陥の顕在化。水行政を総合的に行うべきという学者の意識。

▷「河川整備計画」に地域住民等の意見を反映する 「流域委員会」(平成9年(1997年)河川法改正)、長野県知事脱ダム宣言(平成13年(2001年))等、公共事業の見直しの動きの中での水循環への住民の関心の高まり。滋賀県等地方自治体の取組。

▷水源地の外国資本による購入に対する危機感。

 

多様なアクターの様々なアイディア

○議論による修正、検討対象の選定

▷水道事業の労組が、持続可能な水道事業をめざし、水に係る労働の尊厳と重要性を訴え、水基本法制定を要求[2]

▷高橋裕東大名誉教授、稲場紀久雄大阪経済大名誉教授、松井三郎京大名誉教授ら。

▷水制度改革推進市民フォーラム、水制度改革国民会議(以上、稲場教授が設置)での学者、市民団体、自治体関係者、そして超党派国会議員等による協議、関係省庁からの意見聴取、議院法制局と意見交換。

▷水制度改革議員連盟。

▷参議院国際・地球環境・食糧問題に関する調査会。

墨田区の雨水利用の取組。NPO法人「雨水市民の会」の動き。日本建築学会シンポジウム。加藤修一議員(公明)による雨水利用推進法立案。

 

○政策形成に携わる人々の政策案の受入れの姿勢

▷中川秀直代議士を紹介者とする水制度改革に関する請願(平成19年(2007年))。

▷平成21年(2009年)政権交代、鳩山由紀夫内閣(民主・社民・国民新党連立)。

▷平成22年(2010年)水制度改革議員連盟(中川秀直代表)設立

▷平成24年(2012年)政権交代、第2次安倍内閣(自民・公明連立)。

▷政権交代でも超党派の枠組みが維持される。

▷議員立法の処理が会期末にまわされ、会期末の与野党対立の余波等で審議時間が確保できなくなる。

政 策 事 業 家 (policy entrepreneur) の 動 き

▷ 稲場紀久雄大阪経済大名誉教授は水制度改革国民会議等に、水制度改革を考える多様な勢力を取り込み、自由民主党政務調査会長として海洋基本法の制定にも関わった中川秀直元自民党幹事長とのつながりを活かし、水制度改革議員連盟の動きにつなげた。

▷ 雨水を利用して都市洪水を抑えるという墨田区の取組をベースに加藤修一参議院議員(公明)は、平成23年(2011年)の第177回国会に、野党議員として、参第3号「雨水の利用の推進に関する法律案」を提出。水循環基本法の個別分野の具体的施策の推進法の位置づけ。何度か廃案になるも、その後の参議院国際・地球環境・食糧問題に関する調査会での水問題の論議に精力的に関わる等、超党派の合意形成を支える。

 

 

 

 この法律も、実に多様な者が関わっている。その他、いくつかの点で特筆すべき要素を持つが、①~④の分析をも踏まえ、次のように整理したい。

 

(ア)官僚組織以外の多元的な政策提言主体の結集

 

政府においても、平成15年(2003年)に「健全な水循環系構築に関する関係省庁連絡会議」が『健全な水循環系構築のための計画づくりに向けて』をとりまとめる等の動きがあったが、本議員立法においては、上記の水制度改革推進市民フォーラム、水制度改革国民会議等の動きが中心となっている[3]

学者、市民団体、業界団体、労働組合、地方自治体そして国会議員により議論がなされた。その数は④の特定非営利活動促進法には劣るかもしれないが、業種の幅の広さでは負けていないのではないか[4]

(イ)法案の持ち込み(いわゆる「市民立法」方式)

 国会議員が介在することによって議院法制局が動いたが、その点は①~④と同様であるが、その前の段階でも水制度改革国民会議は、平成21年(2009年)水循環政策大綱と水循環基本法案を提案し、その後の議論を促進した。②~④と同様である。

(ウ)超党派の議員連盟への動き

 フォーラム、国民会議の時から国会議員の参加はあったが、政権交代を挟んでも超党派の動きが継続した。

   超党派議員面連の代表に大物議員、元自由民主党政務会長の中川秀直代議士。民主党政権下では、民主党に水政策PT(プロジェクトチーム)も作られ、大臣経験者の川端達夫代議士が座長となった。法案の成立は、引退した中川秀直代議士の子息の中川俊直代議士が事務局長として推進役となり、水制度改革議員連盟での超党派の議員の動きの中で迎えることとなった。

議員連盟までの動きにおいては、稲場教授が、④のシーズの松原氏に近い動きをしたと言えよう。

(エ)「雨水の利用の推進に関する法律案」の国会運営上の役割。

 基本法とともに、より具体的施策を推進する個別法案として「雨水の利用の推進に関する法律案」(以後、「雨水法案」と言う。)が同時に成立したのは特異な例である。

   法案成立に向けての超党派の動きは継続的に存在したが、国会運営上、議員立法のために割ける時間の問題から、あるいはねじれ国会の対立に巻き込まれ、雨水法案は3回、水循環基本法案は1回廃案となっている。

   合意形成、「流れ」の「合流」と言う意味では、第177回国会で野党の公明党の単独提出であった雨水法案は、委員会付託すらされずに廃案となったが、第179回国会で参議院国土交通委員会に付託、撤回の後、平成24年(2012年)の第180回国会に国土交通委員長提出で参議院本会議では全会一致で可決され、衆議院に送付された。

   加藤議員の参議院の調査会での動きと合わせて、雨水法案の超党派支援獲得の動きは、水循環基本法案の「露払い」的動きをしたとも言えよう[5]

   皮肉にも自公連立政権復活の衆議院解散総選挙により廃案となった後、第183回国会に今度は水循環基本法案とともに衆法で提出され、両法案は、衆議院本会議において全会一致で可決され、参議院に送られた後、会期末の問責決議案の提出の余波で廃案となった。

   この両法案に対する与野党の合意は存在しても、議員立法の処理が会期末ぎりぎりに回され、両案以外の理由による与野党対立による混乱という「政治の流れ」により、政策の窓が最後の最後で閉じてしまったである。そして両案は、平成26年の第186回国会でようやく両院を通過し、成立した。

 

 なお、中川俊直は、「地下水および水源林の海外資本による土地買収問題」について緊急性の高い政策課題の一つとして掲げ、「地下水の利用の規制に関する緊急措置法案(高市早苗君外13名発議)」(第176回国会衆第17号)とも密接に関連するので、水循環基本法に基づく適切な個別法の検討が急がれるとしている[6]

   稲場教授は各種団体、与野党の合意形成に動いたが、④の松原氏のように審議日程の考慮等、国会対策までは踏み込んでいない。③、④の自社さ政権時も不安定な要素があり、法案成立にプラスになった面もあるが、⑤の政権交代期はより難しい状況にあった。そうした意味で加藤議員の動きは、②の山本議員ほど前面に出る形ではないが、地道に国会における超党派の合意形成に貢献したと言えよう。



[1] 第183回国会衆議院国土交通委員会会議録第17号、平成25年6月18日、金子恭之委員長の水循環基本法起草の件の発言。「都市部への人口の集中、産業構造の変化、地球温暖化に伴う気候変動等のさまざまな要因が水循環に変化を生じさせ、それに伴い、渇水、洪水、水質汚濁、生態系への影響等さまざまな問題が顕著と」

[2] 水循環基本法成立に対する全水道見解(平成26年(2014年)3月27日)http://www.zensuido.or.jp/front/bin/ptdetail.phtml?Part=watercycle20140327&Category=4650

[3] 健全な水循環の構築に向けてホームページ(http://www.mlit.go.jp/tochimizushigen/mizsei/junkan/keikakudukuri.html)

[4] 平成22年(2010年)9月の水制度改革国民会議の水制度改革を求める国民大会では、高橋東大名誉教授とともに、嶋津暉之・水源開発問題全国連絡会共同代表による講演、全国のNPO団体からのメッセージも掲げられた(平成22年9月1日、環境新聞)。また平成26年(2014年)4月28日の日本水道新聞に「水循環基本法への期待」として、水制度改革議員連盟の議員(代表石原良純環境大臣、自民、民主、公明、結い、共産、みんな、生活)、学識者の外、有識者では日本水道協会理事長、日本下水道協会理事長、全国町村下水道推進協議会会長(斑鳩町長)、全日本自治団体労働組合中央執行委員長、全日本水道労働組合中央執行委員長、水道政策フォーラム共同代表、大野の水を考える会、水制度改革国民会議メンバー、産業団体では日本下水道管路管理業協会会長と、多様な者がコメントを寄せていた。

[5] 第183回国会参議院国際・地球環境・食糧問題に関する調査会会議録第5号、平成25年4月3日の発言等。

[6] 日本水道新聞平成26年(2014年)4月28日の鼎談より。当該法案の動きは、前述のシンクタンクである東京財団の提言に関連するもの。吉原祥子「水循環基本法を読み解く」『論考』東京財団、2014年4月8日http://www.tkfd.or.jp/research/land-conservation/a00876)で、吉原は「水循環基本法に土地所有者の責務についての規定が盛り込まれなかったことは、水制度議論における今後の大きな課題だろう。」とする。(3頁)