◎「日切れ法案」の「日切れ切れ」について

 

 

 

1.「日切れ法案」のうち、改正の対象となる法律が消滅してしまう場合

 

 附則等で「この法律は、平成○○年3月31日限り、その効力を失う。」と明記されている法律を消滅させないように改正する法律案。こうした法律案が3月末までに成立しなかった場合、どうなるのでしょうか。

 

 これは、改正の対象となる法律が消滅してしまうので、改正案も消滅することになると考えて然るべきです。

 

 

 

 衆議院先例(平成29年版)191には、「法律が効力を失ったため、これを改正する法律案が消滅する。」とあります。参議院先例(平成25年版)には、この衆議院先例185に直接該当するものはありませんが、参議院先例187「予備審査中の議案について衆議院から議決を要しないものとなった旨の通知があったときは、当該議案は消滅としたものとして取り扱う」等、「消滅」についての記述はありますので、改正案も消滅すると考えるのが自然かと思います。

 

 改正案が消滅するということは、「法律案があるが、審査は未了である」という意味での「審査未了」ではありません。「未了」ではなく「消滅」ということです。この場合、「消滅」した改正案の内容を実現させようとすると、新規法案を提出することが必要となります。

 

 

 

2.「日切れ法案」のうち、改正の対象となる法律案が消滅しない場合

 

 対象となる法律自体が消滅してしまうものではない法律の改正案の場合、期間の経過により、法律の特定の規定による権原がなくなったりします。

 

 

 

 期間が経過し、過去に問題となった例で、内閣法制局長官の見解が出されています。

 

 

・「沖縄における公用地暫定使用法に関する法律についての法的見解」(昭和52年5月15日参議院内閣委員会。真田秀夫内閣法制局長官。)

 

  一 この法律は、期限のついた法律ではないので、昭和52年5月15日以降も有効であるが、第2条第1項ただし書の期間は過ぎているので第2条による権原はない。従って第4条による返還の義務がある。

 

  一 5月15日以降も返還するまでは国は管理する義務と権限があり、それに必要な行為を適法にすることができる。

 

   この規準に照らして適法な行為を行っている。

 

  一 現に議題となっている法律案が成立し施行されれば、国は、暫定使用法による使用の権原を取得するに至る。

 

 

この法案は、5月15日が期限ですが、3月31日が期限でも同様な扱いでしょう。いったん権原がなくなったことをどう評価するかがポイントです。規定ぶりによっては、修正の必要性が問題となって来ます。

 

 

 

3.施行日が4月1日の法案(一部規定のみが施行するものも含む。)

 

 施行日が4月1日の法案には、「日切れ法案」や「日切れ扱い法案」が含まれるでしょうが、それらに該当するとされないものもあります。

 

 「日切れ法案」のうち、改正の対象となる法律が消滅して改正案も消滅する場合を除いて、4月1日施行の法律の公布が4月2日以降となり、その法律の施行日を修正しない場合、原則としてその公布された法律は4月1日に遡って適用されることとなりますが、そのような法令の遡及適用が許容されるかが問題となります。

 

 

 

 法令の遡及適用については、一般的には、国民の利益となる場合はともかく、法的安定性の観点から、安易に行われるべきではないと考えられており、罰則規定や国民の権利を制限したり義務を課したりする旨の規定の遡及適用は認められないことになっています。刑罰法規については、憲法第39条の規定により遡及適用が許されないことが明文で示されています。

 

 

 

具体的には、個別の法案ごとの検証が必要ですが、公布の日から施行までの日にち(公布の日から一ヶ月を経過した日から施行する等)が規定されており、遡及適用とならない場合や、単に文言整理のための改正や執行上の対応で国民に直接的な不利益を生じさせないような場合、施行日を修正しなかった例は存在します。

 

 

 

また、第169回閣法第2号「平成20年度における公債の発行の特例に関する法律案」(→平成20年法律第24号)、第169回閣法第3号「所得税法等の一部を改正する法律案」(→平成20年法律第23号)、第169回閣法第4号「道路整備費の財源等の特例に関する法律の一部を改正する法律案」(→平成20年法律第31号)については、衆議院議決案を憲法第59条第2項に基づき、衆議院で再議決したものであり、(衆議院で修正することが不可能なため)施行日経過後に公布されています。この閣法第2号、第3号の、平成20415日の参議院財政金融委員会で、政府参考人は、次のように答弁しています。

 

 

○第169回国会参議院財政金融委員会(加藤治彦主税局長)

 

   今御審議いただいております政府提出の税制改革法案の施行期日につきましては、原則として平成20年4月1日から施行するという規定が置かれております。

 

   一般論として申し上げますと、この法律が仮に成立いたしまして今後公布されるという場合におきましては、4月1日の施行という規定が生きておりますので、原則としてこの法律自体は4月1日までさかのぼって、4月1日から適用されるということになると考えております。ただし、不利益な規定、不利益不遡及という原則がございますので、その不利益な規定については基本的に公布日以降に適用されると、こういう関係になると思います。

 

   過去におきましては、実際の施行日とそれから法律が公布された日がずれておる場合もございますが、そうした過去の例におきましてもそういう考え方で整理されております。

 

 

 

 また関連して、内閣法制局の、次のような答弁もあります。

 

 

 ○第162回国会参議院内閣委員会(横畠裕介内閣法制局第二部長)

 

紛糾しないことを私からもお願いしたいと思いますけれども、余り法案で予定いたしました施行期日がいろいろな事情で大幅に遅れるというようなことがありますれば、国会においてその施行日規定を修正していただくということも間々行われております。
 万が一、ある法律が4月1日から施行するという施行期日規定のままで、その日より後、つまり4月2日以降に公布された場合どのように解すべきかというお尋ねだと思いますけれども、これについても、基本的には国会の御意思がいかがなものであるかということの解釈の問題になろうかと思います。
 あえて申し上げれば、随分昔の例ではございますけれども実際にそのような例もございまして、その場合には実際に公布が行われた日にその法律は施行され、4月1日と書いてあるその日から適用する、一種の遡及適用でございますけれども、そのようなものと解する余地もあるのではないかと考えております。

 

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   さすがに御指摘のとおりでございまして、罰則あるいは国民の権利義務を制限するような規定の場合にはそもそも遡及というものが許されませんので、ただいま申し上げたさかのぼって適用するということはあり得ないわけでございまして、実際に適用されるのは公布、施行された後の行為等について、罰則等は適用になるということでございます。

 

 

 

日切れ扱いの法案で、参議院において施行日修正をしなかった例として、次のようなものがあります。

 

 この法律は、平成20年3月27日に衆議院本会議で可決された後、参議院本会議可決は同年4月9日となり、公布は、同年4月11日となっています。

 

 

○裁判所職員定員法の一部を改正する法律(平成20年4月11日法律第11号)

 

 裁判所職員定員法(昭和26年法律第53号)の一部を次のように改正する。

 

 第一条の表中「一、六三七人」を「一、六七七人」に、「九五〇人」を「九八五人」に改める。

 

     附 則

 

  この法律は、平成二十年四月一日から施行する。

 

 

 

このように施行日を修正しなかった例は存在します。ただ、法的安定性をより重視すべきであるという観点からは、そうした場合でも、施行日を公布の日にする旨の修正をすることが考えられます。その判断は、国会の意思によるものとなります。