○衆参の違い(投票する衆議院議長、投票しない参議院議長)

 

 

 

 衆議院議長は、議長席にいながら、内閣総理大臣の指名の投票を行います。参議院議長は投票を行いません。参議院議長はその任期中、一度も投票を行わないのです。これは大きな違いのように思えます。

 

 

 

 日本国憲法第56条第2項には、「両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。」とあり、議長決裁権、議長裁定権を規定します。衆議院先例集(平成29年版。以下同じ。)の317には「議長が決裁権を行う。」とあり、参議院先例録(平成25年版。以下同じ。)の337には、「採決の結果可否同数となり、憲法第56条第2項の規定により議長が決した例」があります。公平中立に議事運営に当たる議長に、裁定権を委ねるものです。(議長決裁権については複数の学説があるようですが、)議長決裁権の行使のためには、議決前の議事に自らの意思を示すことは不適当であろうということから、通常、表決権を行使しないのが妥当とされます。参議院先例録の66には、「議長席にある議長又は副議長は、投票しない」となっています。これに対し、衆議院先例集の42には、「議長は、議長席において選挙の投票をする。」とあります。投票するのは「選挙」だけですが、参議院先例録の66の説明書きには、「議長席にある議長又は副議長は、選挙及び内閣総理大臣の指名の投票を行わず、また、票決にも加わらないのを例とする。」とまであるにもかかわらずです。これはどういうことなのでしょうか。

 

 

 

 衆参とも議長に投票権があるけれど裁定権も考慮して、通常、投票をしないという考え方では一致しています。衆議院先例集の「選挙」は、内閣総理大臣の指名も含めて考えられていますが、実はこの「選挙」では同数の時に議長の裁定ということはありません。衆参の議院規則で、選挙で同数となった場合は、くじで決することになっているのです。内閣総理大臣の指名以外の選挙には、議長、副議長、常任委員長、事務総長、仮議長の選挙がありますが、議長の選挙について、衆議院規則は第8条で、「投票の過半数を得た者を当選人とする。」その第2項で、「投票の過半数を得た者がないときは、投票の最多数を得た者二人について決選投票を行い、多数を得た者を当選人とする。但し、決選投票を行うべき二人及び当選人を定めるに当り得票数が同じときは、くじでこれを定める。」と定め、参議院規則の第9条も「投票の過半数を得た者を当選人とする。投票の過半数を得た者がないときは、投票の最多数を得た者二人について決選投票を行い、多数を得た者を当選人とする。但し、得票数が同じときは、決選投票を行わなければならない二人又は当選人を、くじで定める。」とあります。副議長以下の選挙も議長の選挙の例によるとなっており、内閣総理大臣の指名についても、衆議院規則第18条第3項は、「投票の過半数を得た者がないときは、第8条第2項の規定を準用して指名される者を定め、その者について指名の議決があつたものとする。」とし、参議院規則第20条は、「内閣総理大臣の指名は、(略)投票の過半数を得た者がないときは、投票の最多数を得た者二人について決選投票を行い、多数を得た者を指名された者とする。但し、得票数が同じときは、決選投票を行わなければならない二人又は指名される者を、くじで定める。(略)」としています。

 

 

 

 同数の場合、「くじ」で決する「選挙」の場合、衆議院では、議長決裁権を考慮する必要がないので、議長の投票権の行使を認めていると考えられます。これに対し、参議院では、そうであっても議長の公平・中立性、それによる議事の円滑な運営を考慮し、投票は行わないということを先例として採用しているのです。実際の議長の投票権の制限をどこまでするかは、衆参の両院のそれぞれの判断となっていることがわかります。

 

 

 

 こうしたことから、第195回国会(特別会)の平成29111日、衆議院本会議において、大島理森議長は、内閣総理大臣の指名で安倍晋三君に投票しましたが、同日の参議院本会議で、伊達忠一参議院議長は、投票を行いませんでした。