①性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律

 

 

 

 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(平成15年法律第111号)

 

(第156回国会参第17号 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律案(法務委員長提出))

 

 

 

問題の流れ

政策の流れ

政治の流れ

○問題の認識

▷埼玉医科大学の取組とこれを受けた学会の対応[1]。性同一性障害問題は医療に係わるものという設定を行う。

▷平成13年(2001年)TBSテレビ「3年B組金八先生」で性同一性障害を扱う。

○多様なアクターの様々なアイディア

○議論による修正、検討対象の選定

▷南野知恵子参議院議員と参議院法制局の取組。戸籍法改正を避け、特例法で対応。婚姻制度を脅かさない形で受入れやすく。予算も伴わない。

▷自民党内の勉強会。

○政策形成に携わる人々の政策案の受入れの姿勢

▷平成12年(2000年)南野議員がアジア性科学学会「性転換の法と医学」シンポジウムで問題を認知、自民党内に勉強会を立ち上げ、政治主導で議員立法につなげる。

政 策 事 業 家 (policy entrepreneur) の 動 き

平成8年(1996年)当時者と支援者のグループ「TSTGを支える人々の会」が発足し、平成13年(2001年)には、6人の当事者による戸籍の性別訂正を求める一斉申し立てがなされる等したが、政治的な活動のけん引役となるような団体、リーダー的な役割を果たすものはなかった。

▷南野知恵子議員が取り上げなければ、問題は問題として認識されることもなく、政治過程に持ち込まれることもなかったであろうとされる。

 

 

 

法律の成立には多くの要因があり、その中から影響力の大きい代表的なものを抽出するのは困難を伴う。そこでまず、議員立法について政策の窓モデルを使った分析を行っていた勝田の先行研究を基に作表を行った[2]。勝田の分析の範囲と本論のそれには異なる部分があるが、本論の分析に有用となるよう勝田の記述を引用させてもらった。

 

最初に掲げるものは、若干特異である。

 

議員が取り上げなければ政策の窓は開かなかっただろうというものである。

 

なぜこの南野議員が取り上げたかという点について、勝田は、「南野議員と支持団体との関係は、一義的には専門職の地位の向上など、直接利益を与えるなかで成り立っている。」「議員が性同一性障害を扱うことは支持者が直接求めたのではなく、関心が低い段階であった。」しかし、「障害者の問題は支持者である看護師・助産師という医療関係者にとって無関係なものではない。法律の制定によってこの問題への認知が進むと問題を解決した議員への評価は高まり、公共政策に影響を与えたということで団体の求心力を向上させたと考える」と分析している[3]

 

南野議員は、医療分野に限らず、DV法や高齢者虐待防止法、中国からの引揚者等に関する議員立法に実績を残した。勝田も「合理的な要素だけで説明しきれない属人的なことがらが、行動の原動力であったことは想像しうる」としている。

 

政策事業家(勝田が言う「政治的起業家」)の行動としての合理的な説明を否定はしない。しかし、看護連盟という、毎回の参議院議員選挙に1名の当選者を輩出できる団体の組織内候補で、よっぽどの組織力の低下がない限り後継者も用意される立場では、本人の考えと能力があれば、与えられた任期の中で出来る限りの立法活動に励もうという意識で動くことは可能であるとも言えよう。

 

特に解散、総選挙がなく6年の任期が保証されている参議院議員の中に、そうした者が存在すると、立法による問題解決を目指す者にとって、まずは押さえるべき政策事業家と位置付けることが必要となる。

 

ただ、そういう意識と能力を持つ議員は常に存在するものではないのも事実である。

 

 

 



[1] 平成8年(1996年)埼玉医科大学倫理委員会が「『性転換治療の臨床的研究』に関する審議経過と答申」を公表し、平成9年(1997年)には日本精神神経学会が「性同一性障害に関する答申と提言」を発表。勝田美穂『市民立法の研究』法律文化社、2017年、65頁。

[2] 勝田、前掲書、63~81頁。本表の枠内の評価は、勝田のものを基に作成。

[3] 勝田は、前掲書78頁で、リチャード・E・ワグナーの個人的な利益を与えずロビー活動もしない団体が存在するのは、政策事業家が民主的な決定過程を動かすことにメンバーが好感を抱くからだという論を紹介している。